恩師

中学1年生の終わり頃、素晴らしい先生に出会いました。井上賢一郎先生と会えた事。それは確実に自分の人生を変える出来事でした。
それまでの顧問の先生は大変やさしい先生で生徒の人気の高い先生でした。しかし、反面、生徒には抑えがきかず、なあなあの練習が繰り広げられ部活の時間は悪い意味で大変楽しい「楽」な時間でした。考えてみれば強くなれるはずがありません。私が1年生のころの先輩たちは常に負けていました。中学校の部活はそんなものだと思っていました。
井上先生が転勤によって赴任されてこられ、チームの監督になられました。
井上先生は大変紳士的な方でした。生徒にも常に敬語で話されました。
「バスケットは紳士のスポーツです。コートの中では先輩も後輩も関係ない。皆が尊敬しあっていないといけない。先輩には~さん、同級生や後輩には~君で呼ばなければならない。言葉は心を作ります。乱暴な心で、いいプレーはできません。」
先生の最初の挨拶はこうでした。まったく怒鳴ったりされない。しかし、先生の前ではやんちゃな僕らが素直になれました。つつむようなやさしいまなざしの奥にリンとした独特のオーラが醸し出され、誠に風格のある、威厳のある、そんな素晴らしい先生でした。
 先生の練習は“とにかく走る”事が中心でした。ボールを全く持たせていただけません。来る日も来る日も走るだけ・・・。スタートダッシュ、笛に合わせ、独特の動きを交えながら走るだけです。大変辛くてしんどかった。
 一つ上の先輩達が、先輩に直訴しました。「大会も近いのにこんな走るだけの練習では強くなれません。シュートを打たせてください。」
 先生は「僕を信じなさい。必ず勝てるチームをつくるから!」そのつど先生は、話されました。大会まであと3週間となったところで、その当時一番強かったチームと練習試合をすることが決まりました。
 鳥取市内で一番弱かったチームがいきなり一番強いチームと練習試合をする。しかも全くこの何ヶ月間もボールに触らせてもらえてないのに・・・。
 私達は、正直あきれていました。しかしその練習試合の三日前からやっとボールをさわらせてもらえ、そのなつかしい感触に大変うれしかったおぼえがあります。
 練習試合、私達は大変驚きました。多分そのチームは私達をなめていたのでしょうが、試合開始から全く圧勝状態でした。体力差が圧倒的にあります。足腰が鍛えられいるのでスピードも全然違います。シュートも安定して決まりました。独特の動き方をミックスした走りの意味がわかりました。練習のすべての動作がバスケットの動き方につながるのです。最強チームに圧勝したのです。そして全然しんどくありませんでした。大きな喜びを手に入れることができました。心底バスケットを好きになれました。そして井上先生に感謝をしました。「この先生、すごい!」あつく信頼をした瞬間でした。
 私達はその試合から大きな自信を手に入れたのです。

1年後・・・。私は最上級生になりキャプテンとなりました。鳥取市はもちろん、鳥取県でも優勝するチームとなりました。
充実した中学生時代を過ごせました。全て井上先生のおかげです。
 高校に入り、2年生で一人だけ、県選抜チームに選ばれた時、先生は涙を流して喜んでくれました。そして、国体も応援に来てくれました。
 
大学生の頃、先生の突然の死の知らせを聞いた時、涙が止まりませんでした。
毎年、先生の亡くなったこの季節になると先生のことを思い出します。
 指導者の要諦を肝に銘じて本日の業務に励みます。

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